所持人が「債務者を害すること」を知って手形を取得している場合に、その債務者が主張できる特殊な人的抗弁。
手形の譲受人丙は、物的抗弁を除いて、譲受人乙に関する人的抗弁に煩わされないが、債務者甲が所持人丙に対してその人的抗弁の主張を制限されることにより実質的に損をすることを知って(「債務者ヲ害スルコトヲ知リテ」)手形を取得している場合には、債務者に履行を強制するのは不公平と考えられるので、例外として、譲受人丙の悪意を理由として支払いを断ることができることとされており、これを悪意の抗弁といいます。
譲渡人と譲受人が共謀して抗弁制限によって債務者に損害を与えようと図ったことは必ずしも必要でないし、譲受人が債務者に損害を与えようという意図で譲り受けたことも要しません。
要するに、債務者甲がその抗弁を制限されることにより、実質的に損をすることになるかどうか、が決め手となり、それは抗弁の事由により異なってきます。
抗弁事由の中でも、「甲・乙間に支払いをする原因がないこと」(原因が無効か取り消し得ること、原因契約が解除されたこと、原因が不法であることなど)、「乙が無権利者であること」、「手形は受け戻してはいけないが支払い(償還)はしたこと」、「見せ手形であること」、「白地を100万円としか補充できないのに200万円と補充したこと」などは、債務者でその抗弁を制限されて、譲受人に支払わなければならなくなると当然に損害を生ずるので、このような抗弁のあることを知って
手形を取得すれば、それだけで「債務者を害すること」を知っていたことになります。
これに反して「原因関係で同時履行の関係があること」(例えばまだ目的物の引渡しがないこと)を知って手形を譲り受けても、その後、満期までに原因債務の履行があれば、債務者に損害はない。
この場合には、「満期までに原因契約を履行する能力がないこと」を知って取得していれば、「債務者を害すること」を知っていたことになります。
同様に、「融通手形であり、振出人に迷惑をかけない特約があること」を知っていても、結局満期までに資金を提供して迷惑をかけなければ、債務者に損害はない。
しかし、「割引できずに返還すべき手形であること」や、「満期までに支払資金を提供する能力がないこと」を知って取得していれば、悪意の抗弁が成立します。
譲受人丙が債務者甲の損害を知っていたかどうかは、手形取得の時を基準として認定するもので、取得後に原因契約の解除を知っても、悪意の抗弁は成立しない。
また、直接の譲受人乙に関する事由について悪意がなければ、更に前者であるAについての人的抗弁を知っていても悪意の抗弁は成立しないとされている。
もっとも、抗弁制限のために、故意に善意の乙を介在せしめた場合や、丙が、甲A間の抗弁事由に直接関与していた場合には、悪意の抗弁が成立すると解すべきです。
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